2016年08月12日

お盆ならではのお話。

ブログが書けない理由のひとつは、このブログの内容を仕事関連に限って書こうと決めたからかもしれません。
日々の出来事などを書き綴れば、あるいは毎日更新できたかもしれませんが、お目汚しかもと思いなかなか実現できませんでした(これまでのブログでは、何のためらいもなく私生活についてブログにしてきたのに…)。

ちょうどよくお盆でもあるので、数年前まで続けていた不思議な話でもしようかと思います。

「自分の遺影を決めた母の話」
今年は母が亡くなって2回目の夏になります。
母はおととしの年末に息を引き取りました。まるで、皆が集まれる時期を待っていたかのようでした。
年が明け、母の葬儀が行われることになりました。
遺影を選んでほしいといわれた父と妹、私は実家にあった十数冊あるアルバムを引きずり出し、遺影にふさわしい写真を探し始めました。
思い出いっぱいのアルバムから、お葬式の席でスクリーンに映す「思い出アルバム」の画像も探さなくてはいけません。
そんな中で父が選んだ2枚の写真は、私たちが生まれる前の母と、病で倒れる前の母の、2枚の写真でした。
悩んだ末、父は若いころの母の写真を遺影に選びました。
私たち姉妹に異論はありません。
不要になったアルバムを棚に戻し、葬儀に向けての細々とした作業に移りました。

その最中に、奇妙な事に気付いたのです。
微かにオルゴールのような、無機質な音楽が繰り返し流れるのです。
冷っとした感覚に捕らわれつつも、音の根源を探しました…アルバムがある棚から、オルゴール音が聞こえています。
アルバム棚に耳を近づけると、オルゴール機能が付いたアルバムがいくつかあり、そのひとつから音楽が流れていました。
アルバムを積み重ねて、持ち上げたりひっくり返したりしていたのに全く音が鳴らなかったので、オルゴールが付いたアルバムがあるとは思いもしませんでした。
音を出しているアルバムを特定し、取り出してみると付箋がついています。
もしかして!?と思い、付箋の場所を開いてみると、父が選ばなかった、けれども遺影の候補に挙がっていたもう一枚の―最近の母に近い―写真が現れました。

さんざん乱暴に扱ったアルバムが、棚に置かれてから音を出すとはなかなか考え難いものがあります。
それでもアルバムは鳴り、そこには葬儀に集まった誰もが「蓉子さん」と思える写真があった…。

遺族はその出来事になんらかの意味を見出し、母の遺影を若いころのものから最近のものに変えることにしました。

不思議なことや、理屈では説明できないことはこの世に確実に存在すると、私は信じています。
思いもよらず、不意にしかも強引に、この世から引き離されたときにはどうしようと考えることもあります。
人間は死に向かって生きていると言われますが、ヴァンパイア映画を見ながら「私だけが自分の過去を、それも何百年の過去を抱えながら生きるとしたら。どの時代について話したらいいのだろう?話しえない過去がある限り、誰かと新たに出会っても絶対に”出会えない”」などと、まるで映画『トワイライト』に感化されたティーンエイジャーのようなことを考えています。

でも、母の不思議な話やそれ以外にも不思議な話、画像など公表していないことは多々あるのです。
そのうち、また…

BB.jpg



posted by MSaito at 19:14| Comment(2) | TrackBack(0) | 日々のこと
この記事へのコメント
あっち側の“ちから”なのか?

こっち側の“ちから”なのか?

最近はこっちなのかな〜

とか思ったりしますね。
Posted by Carolfing at 2016年08月13日 23:14
こっち側のちから。

呼び出したら来るかな(笑)
Posted by みずほ at 2016年08月16日 09:34
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